活動状況 其之弐

2010/08/22

(2010-01-03 13:16:22)
記事の中にチョイチョイ挟んでますが、
道を譲ってもらって『すいません』と言うか『ありがとう』というかで
印象ちゃうもんね。でもこんな教祖が
かがやくのって
それがまだ、
珍しい内だけの話。
みんながありがとう
言い出したらまた、さがすんだろな
ぐるぐると。
新しいニュースソース。

(2010-08-22 20:02:40)
昨日、夏の土曜の昼下がりのカフェの窓際で、川と土手、橋を眺めながら書き物をしていましたら(悦入)、紙ナプキンに書いてた私をひもじんだのでしょう、いや紙ナプキンのコストに気を揉んだのでしょう、店員さんがメモ用紙をくだすって、嬉しく思いました。
嬉しく思ったので悔しくなり、もっとほっこりさせてやろうと今日、メモ帳をかってもっていきました。出てきて対応してくれた別の店員さんが「いいですよ~そんな」とジャパニーズ・クッションを入れました。
これだにっぽん。
細かい反論も構わない。言わせてちょんまげ。
「いいですよ」もしもそのまま突き返されていたら。突き返されて、善意の押し売りが出来なくなった私はその矛を秋葉原で振り回すかもしれなかった。
国民性、というのはあるのかもしれない。所謂美徳が。そして私もそれを心に刻んで挑めば、1度やそこらの『遠慮』にはひるまなかったかも知れない。

「ありがとう」「ごめんなさい」これらは、シンプルで汎用されるが故にうっかりも多く、ときとして神社の石段からおちてきてゴッツンコありゃ逆だがや、なんてことも有る。
しかし。
気にし過多なわたしはいまだに怖い。
荷物を持って「ごめんなさい」。
道を譲って「ごめんなさい」。
「ありがとう」ゆうて「ごめんなさい」。
蟻が10匹で「ごめんなさい」。
いいことをした、と浸りたいときに
相手に「気の毒なことをさせた」と思われていては
やはり、感情の素人としては真っ直ぐになれない。
時として、「するんじゃなかった」とも。
だって、相手に謝らせてしまったんだよ!?

(2010-08-22 20:28:39)
話を戻して。
いただいたメモはディズニィの可愛らし、だったのですが、個人的に気になっていた月光荘の小さなスケッチブックを、
そらぐみさんにてかってもっていってきってはって。
このテイスト、受けるかしら、との不安と、妙にウケてそらぐみのお客さんになって、店同士の繋がりになったりしてうっしっし、

休日のわたしはたいがい、いいやつだ。
ひとが好きだし、やさしいし、暗いニュースにしかめては平和を祈り、料理をして野菜を食べ、ベランダを掃除するし、木に水もやる。残高をみて気を引き締め、投票もする。
そうだろう、
今日わたしはとてもいいやつだ。
でももうすぐ
うそついてる平日がはじまる
もうすぐうそつきの月曜日が
こわばる私を迎えに来る。

ちょいちょい書き足してきた
「ありがとう」
「ごめんくさい」
まだ足りないみたいです
自分的にはぁ、みたいな。

(2010-08-22 20:31:16)
追記、なにを活動しとるんかが抜けていた。
かれこれ3年ぐらい
「ありがとう」と言い換えられる「ごめんなさい」は、できるだけ。
という活動をしています。
そしてこの文の
さいしょにもどるのです。