あのね、この徳島市の南どなりのね、小松島市という港町はね、実は全国的にも花火生産のさかんな地域なんだっで!
そいでね、秋にたくさん行われる花火関連のイベントにね、行ってきたんですよ。
立江八万神社例祭。
【吹筒花火】
軍用の火薬を処分する為に考案された、いまの打ち上げ花火の元と言われるもので、およそ260年の歴史を持つ、といううけうり。
制止の声も適当に、火の粉飛ぶ距離でみていた私。シャツについた硝煙の匂いが取れません。
朝からずっと、ライヴとは、ライヴに足をはこんで観る意味とは、というコトを考えていました。
たとえばものすごい高画質で絵の具の起伏まで。
たとえばものすごい高画質高音質で毛穴の奥まで。
クーラー5台で南極気分で。
たとえば。
たとえば。
たしかに周りには(トウキョウでも言ってたな)「今後も変化、進化していくあるレベルでの『再現』が簡易になった時代だからこそ、より『生』の意味が試される。」言っていますがね。
根拠なんてないですよ。ライヴはしてるけど。
いや正直言うと、答えが欲しい。
多少強引でも、市民論でも論者論でもいい、絶対に揺るがない『生』である理由が。
じゃあ何で、『ホン』が売れ続けているのか。
その本に迫らんと電子本が登場したのか。
けっこ長いことこねくり回してるんでこのテーマ、簡単に〆れなくなってるおばかさんなんですが私、この花火を間近でみて火の粉をいただいたことが、このいちにちをより、よりにしてくれたと思っています。
なんか思うひと、なんか聞かせてくださいね。
れんきゅの中日、肉でも食っていきましょい。
竹筒、もろて帰った。
魔除けになるんだっで!
今日はこんだけ。
(2010-09-20 10:41:05追記)
そうそう。
ことの発端は、いやほったんほどではないのだが、
実は先週の『うずまきフェスティバル』がね、ネットで生中継、配信(ユーストリーム)されていたんですよ。一部の人にはおつたえしてたんですけどね。
だからなおさらだったんですよ。