洋書をよむと、
だれかに(できれば迷える十代に)
ウィンクしたくなるのは
私の心が弱いのでしょうか。
繁華街なのにあきた町
自分のことばで話したいな、とおもっていても
そもそもどこに線引きをするかで自他はかわってくるもので
だからでしょうね、いつまでたっても自分の見聞きしてきたバイブル、ルーツを脱せていない気持ちが有ります。
それが聖書くらいのものであればよいけれど
俗っぽい、なんかテレビ臭いのはダメ、とかどこかで思っているらしい私のあたまもエメンタールですね
テレビと言えば最近確かに
所謂業界用語と、いうんでしょうか
いままで箱の中で飛び交っていただけの蛍が
やけにこちらへ飛び出してきては
挙げ句にその『常識』が通じて当然たる風潮を感じる事が多く
もしそれが私の只の被害妄想でないとしたら、少し怖いですね。
テレビが私たちをみて泣いたり笑ったりする
そんな氷河期がいつか、訪れるのでしょうか。
さいきん、ぼうっとして過ごすことが増えました。
まあこれまでも、なんですが、ここへきてそのクオリティが上がってまして、
さいきんでは何もしない、なにか口にしながら、とかそら眺めながら、とかそういうお茶請けみたいなものがなくなりました。
『ながら』はダメゼッタイ、という教育の賜物でしょう。
いわば瞑想に近いかんじです。
よる、近所の公園でぼうっとして居りましたら
これまたご近所であろう、皆さんがじろじろ、みていらっしゃる。
私がこの寒いのに全裸だから、珍しいのでしょうか。
寒くはないかと心配してくださってるのかも、知れませんね。
ふーふー、はい。
わたしがやってるソロ活動(偏ったひとり遊びのこと)のなかに
熱かったときの
「あつっ!!」
のあとに
「…くない。」
を足す、
というのが有ります。同様にして
「痛っ!!…くない。」
「でかっ!!…くない。」
など。
オレの限界こんなもんじゃないぜ、という、誰に主張するでもない、自分のための、いわばマフラーの様なものです。
そしてこれが続いてくると
「…」
の空白が短くなってきて、
「エモくない!!」
「四角くない!!」
ああ板についてきたなあ、強がりも七十五日で遂に強さになったなあ、と感慨深くもなります。
そしてこれを基とするおかしな間違いを今日、犯しました。
そしてここまでの数行のうちにそれを忘れてしまいました。
大事な事は文頭に、という欧米式の教訓を得たよ、というはなしでした。おわり。
Read More30さいになったら。
さっき、うちまでの帰り路
どこかの会社の駐車場
上着を着てないおとこが二人
なんかごそごそしながら、かつそわそわしながら
蚊のような声で話して、ました。
「そこまでですコンニャロ悪党のみなさん」
「ムムッ!?ガキはすっこんでろい!」
「ふっふふ…このスタジャンとキャスケットに欺かれたご自分の眼を、せいぜい恨むがよいでしょう。」
バン!
「実は私は、30さい、なん、です!」
「えっマジっすか!」
「先輩じゃないすか!」
「そうです、どうだ。」
「いや敬語とかいいっすよ!タメ口でいいっすよ!」
西新町が好きです。
Read More水と塩
プリンを一個たべる、わけですよ。
でもねアナタ
プリン一個て、なによそれ。
120gでも80gでも、一個はいっこ。
ちょっとここははっきりしないと。
でももしかするとプリンの定義が
『容器の中で』になっているのかもしれないし、
容器が混沌を区切ってくれてるのは有り難かったり。
べつにこっちも「プリンを60gたべた」なんてめんどくさそうだし。
厳密にゆうたら器にのこって59.9gかも
しれないし。
そんなシーソーゲームをよなよな、してました。
腹をたてて。プリンプリンと。
ことばも容器に似ているな、と思いました。
所謂『表現』に関して言えば、
実体のないもの、気持ちや事象など、それらに型を無理矢理はめ込んでいくようなのではなく、
幽霊は幽霊のままでいられるようなことばを紡いでいきたい、
そう思いました。
