富田駅で電車を降りた。
それがいけなかった。
週末で、むしゃくしゃしていた。
予定がないから。
レディーボーデンをねぶりねぶり、録り貯めたヨン様をじっくり観よう、と、ムフフな顔して歩いた。
ふとそれが、3分前に思い付いた『ひと駅前の下車−いつもより歩け、あたし−』と相殺していることに気がついたけれど、すぐ忘れた。
市街地が近いせいかこの辺りはお店も多い。
まるで客として雇われてるみたいなハンチングのおじ様が、古喫茶のカウンタでお話に興じていた。
一人でお店に入ることにためらいを感じなくなって久しい。今日が平日なら自分も躰をねじ込んだだろう。
兎も角今日は予定のない金曜日。ヒールを浮かせて歩け歩け、あたし。
線路の音をたよりに真っ直ぐ歩いて15分。見たことのある、質屋のおどけた看板が見えた。
少しほっとしたけれど辺りには何もなかった。街灯も離れていた。後ろに知らない男がいた。
居直ったのか居直ってすらいないのか、そんな情報の何も伝わってこない表情。無機おとこ。
ただ、ひとつだけ感じることがあった。
これはヤバい。
元の向きに躰をひるがえし走れ走れあたし、でも下手に刺激するのはノンノン。
気まずそうな目礼だけしといて、ヒールの音を強めて歩いた。誰か通って。誰か話しかけてよ。電話してよ。
そうだ、電話。
彼氏(と思っている妻子持ちの友人)に電話をかけようとカバンに手を入れた。男に見えない角度で。
男とはずっと、2.5メートル長のムカデ競走を営んでいた。
カバンの中をまさぐる、しかし携帯が見つからない。
少し脇汗をかきながらマチ部分のポケットであれが手に触れ、私は作戦を変更した。
これを、使おう。この、あれを。
タイミングが良いのか悪いのか、不要品回収車が無遠慮なやさしい声でやってきて、通り過ぎていった。
まさにそのタイミングだった。私と男の息は、ある意味ぴったりだった。
振り向いた私の眼に入ったのは飛び掛かってくる男の無機質な表情だった。鹿に気付かれて狼も少しだけひるんではいたが、その姿は、一度タガの外れた粗暴な男性性、男性自身そのものだった。
ただ、それに呼応して私も冷徹になれた。
私の手は開封したとき一度きりの操作を覚えていて、一瞬の間にあれのロックを解除し、電源スイッチに指をやった。
そして彼に、触れられる前に触れんと、あれを向けた。
えっw使い途あんの?
と思われたらイヤだからと、通販で買ったあれ。
使った側が傷害罪に問われたとも聞いた、強力なこの、あれ。
くらえ!
反対車線の街灯に牙と耳の影を浮き彫りされた男は、女の手でバリバリと音を立てる黒いあれに硬直した。
ジョリ。
ジョリジョリッ。
前のめりのままの男の顔に触れたと思ったら、もうあっという間に、本当にあっという間に、男の髭がすべて剃り落とされた。
うーんやっぱり5枚刃は違うわねェ。
玉手箱を逆さに開けた様に、急に若返った男が、仲間にしてほしそうにこちらを見ている。
勿論しなかった。
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