「…えーそれでは次のお葉書です。
秋田県にかほ市冬師(とうし)
にお住まいの、春日井小夏さん。」
あったらいいな!
Read More川土手の車道をすがら、左測道に猫の死体有り
その先から、こちらへ向かう生きた少年有り
奇しくも私は、自分達の生死が、とりわけ死が
奇抜なものとして『ないない』される現状(勿論自分自身の心持ちも含めて)、
その疑問とそして向かうべきところについてこたえを求めた図書館の帰りでした。
ちょっと、心掛かりなのはその(元)猫がぱっと見
内臓ぶちまけていたかもしれないこと
少年への親切か個人的な興味か
ちょっとよく見てその布か死体か、天使か現実かというところを、見極めて、
左口から
「あ」
と言った瞬間
青白いガードレールが現れて
私
少年と(元)猫
この二者を隔てた
いつまでも続く白線と車の列、それに「挟まれて」
私はただ「走り続けるしかなかった」。
このときこそ吉野さんのお言葉を都合良く咀嚼すれば
「少年はどこまで行っただろうか」と言うに相応しかった。
いま思えばそもそも私がそんな、見せるべきだのべきないだのの鉄槌を下せる閻魔じゃないのにね。
少年がもし
夕焼けの美しさに立ちすくむのなら
私はそこに
もっともそれから遠い物を添えたい
それは薬味か箸休めか、ちょっとまだ言い切れないが。
住んでいるマンションの隣りにいえが建ち
老夫婦が
庭で夏野菜の準備をしています
私はソファに腰掛けると、ちょうどそういった日常を
景色として切り取る位置関係におり
ふと
我々がいち空間をつくってもいい筈だ
と考え
そう思わせてくれたお隣さんの心地よい所作、存在をうれしく思うのと
また、それを阻んでいる現実はいったい何だろう、などといちいち考えていました。
さて
私とご夫婦は(あくまで私からみれば)同じ直線上におり、かつ、距離もさほど離れておりません。10メートルくらいでしょうか。
私たちはたまたま別の建物に属していますが、このくらいの距離であれば同じ建物の中でも実現します。
つまり
もしも、我々が所謂『両思い』であったならば、ニーズさえ揃えば
オフィスの中でも、電車でも、我々だけの(ほぼ現実に近い)仮想の『家』をこしらえることは可能かもしれなく、
そうするといよいよこの今の枠組みが怪しくなってきます。
かと言って、ロミオとジュリエットの話に結実する気も、ないし。
ただ
私にはいま見えるこの景色が、窓枠を、ベランダを、駐車場と緑のフェンスを越えて、
私をけっして疑わせないほどの母性すら与えてくれているように思いました。
線、でしょうか
これは線引きのおこす功罪の話なのでしょうか。
気の持ち様とか名前とか、そういう。
あんま続けるとまた『だから戦争はなくならない』とか言ってしまいそう
今日は生煮えでいたいから、これで終わり。
五本ともひっくり返ったてぶくろを
えい、えい、と振り回したところ
中指だけきれいに、スポッと出てきた。
なんかイラッとした。
…彼ならきっと力になってくれるわ。
革ジャン着てるけど根はいい人よ。