宵闇のなかでもほの白い桜花は、そこにある(であろう)と感じられることがうれしい。
あと色んな人たちが、心ひとつに花を見上げるというのもあたたかい。
ちびっ子を抱きかかえて、花房をたぐる。
よかった、まだプラッチックにはなってないみたいだ。
旅先で暖簾をくぐる。
でてきたセイロに平たい感情をおぼえる。
名物ぽい店員さんの、気のきいたサービス。
サプライズなんだろうがこちらは芝居だ。
散策してると、何年かぶりだという雪が降ってきた。
どこかで見たようで、はしゃぐ若者をみる眼は白んでいる。
ぜんぶ知ってる。
旅はいま、はじまる前から完結している。
先達のアーカイブと相違ないことを確認するのがいまの、地球の歩き方だ。
『正解のない時代』とはよく言われるが、どうやら正解は正解でそれなりにある。
レールの上、楽勝でゲットできるフラグをなぞる。
何を食べたかは覚えちゃいないが、カロリーは取った。写真も撮った。
もしや何も食べなかったのかもな。だっていつもお腹はいっぱいだもの。
今週末の予定を更新しました。
神戸のパコカパは移転OPENです。
荒いですが、時勢を意識した新曲をお持ちします。
やっぱハロウィンですよね。
また今回の演奏は収録して、
時限的に配布を予定しています。
ナイショでご来訪のかたはマスク厚めで、声が漏れぬようにね。
ヨガの話題を手土産に、リビングで深夜をむかえる。
あらためてヨガってなんぞや、と字引いてみる。
いわく ”ヨガ” の発音はネイティヴに遠いらしい。 ”ヨゥガ” だそうだ現地では。
彼にあやまらないといけない。
彼と格ゲーで出会ったあのころ。
わたしはまだまだ思春期で、いいかっこしたかった。
すべての民草どもが、あまねく、いいかっこしたいものだと思っていた。
だから ”ヨゥガ” っていう彼のことを、
「秘奥義がちなやつ(必殺技の名前をいうときだけ大振りないいかたになる)」として蔑んでいた。
そんなに溜めたらフリーザ様も待ってはくれないよ。東京に行かないほうのオラを思いながら。
よわい犬ほど…とはいうが、やはり多弁な芸術家というのは寡聞におもう。
とはいえ作者没して完成する芸術なんて哲学的なようで、やはりすこし、いやだいぶ、さみしい。
人間それじたいが芸術なのではないのだから。
もともと核のない話がおおきく逸れたが、ダルシムは間違っていなかった。
あの国際色ゆたかな乱痴気騒ぎのなかで、ネイティヴな発音を維持することのむずかしさは想像に難くない。
『Ken likes Masao』すら、マッサーオ、といってしまいいつも悔いているのだ我々は。